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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)7709号 判決 1985年3月29日

原告

銀山こと房川菊江

被告

栗山寿彦

ほか一名

主文

被告らは各自、原告に対し、金四八万八、七一四円およびこれに対する昭和五七年一〇月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告に対し、金五〇〇万円およびこれに対する昭和五七年一〇月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五七年一〇月一四日午前七時四〇分頃(天候晴)

2  場所 大阪市東淀川区下新庄四丁目九番二五号先路上

3  加害車 原動機付二輪自転車(大阪市東淀え一二二一号)

右運転者 被告栗山寿彦(以下、被告寿彦という。)

4  被害者 東より西へ道路横断歩行中の原告

5  態様 原告が本件道路を横断中、南より北へ進行していた被告寿彦運転の加害車が衝突し、原告をはねとばした。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告栗山角子(以下、被告角子という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告寿彦は、加害車を運転して本件道路を北進するに際しては、前側方を注視するのはもとより、道路横断者を発見したときにはハンドル操作、ブレーキ操作を適切にして事故の発生を未然に防止しなければならない注意義務があるのに、これを怠り、本件道路を東より西へ横断していた原告の発見が遅れ、発見してのちのハンドル、ブレーキ操作を適切にしなかつた過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

全身打撲、頭部外傷Ⅱ型、顔面挫傷など

(二) 治療経過

入院(三八日間)

昭和五七年一〇月一四日から同年一一月二〇日まで

通院(実日数、行岡病院二日、タツミ病院二八二日)

昭和五七年一一月二一日から昭和五九年二月六日まで行岡病院

昭和五七年一一月二二日から昭和五九年一月三一日までタツミ医院

(三) 後遺症

原告は、本件事故による受傷のため、左の額に傷跡が残る等の後遺症が残存した

2  治療関係費

(一) 治療費 一三万四、八〇〇円

(二) 入院雑費 三万八、〇〇〇円

入院中一日一、〇〇〇円の割合による三八日分

(三) 入院付添費 二万四、〇〇〇円

入院中職業付添人もしくは長男の妻が付添い、長男の妻付添費として一日四、〇〇〇円の割合による六日分

3  逸失利益

(一) 休業損害 二四六万一、七四〇円

原告は、事故当時七六歳で、家事に従事し、一か月平均一六万四、一一六円の収入(昭和五七年度賃金センサスによる)を得ていたが、本件事故により、昭和五七年一〇月一四日から昭和五九年一月三一日まで休業を余儀なくされ、その間二四六万一、七四〇円の収入を失つた。

(二) 将来の逸失利益 二六万四、三〇〇円

原告は前記後遺障害のため、その労働能力を五%喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は昭和五九年二月六日から三年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二六万四、三〇〇円となる。

4  慰藉料 二三五万円

内訳

入・通院慰藉料 一六〇万円

後遺障害慰藉料 七五万円

5  弁護士費用 五〇万円

四  損害の填補

原告は自賠責保険金として五三万円の支払を受けた。

五  本訴請求

よつて、残額五二四万二、八四六円の内金として請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一の1ないし4は認めるが、5は争う。

二の1は認める。

二の2は争う。

三は不知。

四は認める。

第四被告らの主張

一  過失相殺

本件事故の発生については原告にも道路反対側にいた女性二人の制止を振切つて道路を横断した等の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

二  損害の填補

本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、次のとおり損害の填補がなされている。

1  職業付添人費用 二八万二、八〇〇円

2  治療費 九一万七、二〇〇円

3  その他雑費 三八万六、六八六円

三  原告の体質的素因

原告には本件事故以前より変形性頸椎症、骨粗鬆症、高血圧の既往症があつた。

第五被告らの主張に対する原告の答弁

一は否認する。

二は認める。

三は否認する。

第六証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の二ないし九によれば同5の事実が認められる。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告角子は自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

二  一般不法行為責任

(一)  成立に争いのない乙第一号証の二ないし九、原告及び被告寿彦本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば

1 本件道路は、幅員五・二メートル(車道四メートル、西側路側帯一・二メートル)の南北道路であつて、アスフアルト舗装のなされた平たんな直線道路ではあるが、道路東側は阪急電車千里線の土堤、西側は芝野商店の建物が存し、北進する車両にとつて前方及び右方の見通しは良いものの、左方の見通しは悪く、最高速度を時速二〇キロメートルと制限され、また、南から北への一方通行指定のなされた、市街地内の道路であつた。

2 被告寿彦は、加害車を運転して、本件道路を時速約三〇キロメートルで車道中央部分を北進中、右方前方約二三・九メートル先の道路東側に原告を認め、また、道路西側路側帯上に女性が佇立しているのを認めて時速約二〇キロメートルに減速し、約一〇・三メートル進行したところ、道路西側路側帯上にいた女性が原告に対し「おばあちやん。そのまま止まつときや。」と制止する声を聞き、原告も約〇・七メートル西進横断歩行した車道上で立止まつたことから、そのまま停止してくれるものと思い込み、時速約二五キロメートルに加速して約五メートル進行した際、原告が再び西に向つて横断歩行し始めたのに気づき、急制動の措置を採つたが間に合わず、約七・七メートル進行した地点で被告寿彦の顔が原告の頭に衝突し、被告寿彦は衝突後約一・四メートル西進して転倒した。

3 原告は、本件道路東側阪急電車土堤下にあるゴミ収集所へゴミを捨てに本件道路を東に向け横断歩行し、Uターンして西へ横断歩行していた際、本件道路車道中央付近で被告寿彦の顔と原告の頭とが衝突し、約〇・八メートル東へとばされて下向きに転倒した。

4 加害車には、ハンドル右先端擦過、右ハンドルレバー先端擦過、右バツクミラー曲損の損傷がみられ、原告には、全身打撲、頭部外傷Ⅱ型、顔面挫傷、外傷性頸椎症候群の傷害が発生した。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告及び被告寿彦本人尋問の結果並びに甲第八号証の記載内容は、前記各証拠に比し措信しえず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  右事実によれば、被告寿彦は、加害車を運転して本件道路を北進するに際しては、右前方約二三・九メートル先本件道路上に原告を認めたのであるから、制限速度を遵守するのはもとより、原告の動静を注視し、危険を感じたときには適切なハンドル、ブレーキ操作をして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、道路路側上に佇立していた女性が制止しようとする声を聞き、かつ、原告が一旦停止したことに気を許し、時速約二五キロメートルに加速して本件道路を通過しようとした過失により、本件道路中央部付近で被告寿彦の顔面部と原告の頭部を衝突させて原告を下向きに転倒させ、よつて、原告に全身打撲、頭部外傷Ⅱ型、顔面挫傷、外傷性頸椎症候群の傷害を負わせたことが認められるのであるから、被告寿彦は、民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

しかしながら、右事実によれば、原告は、本件道路を横断するに際しては、左右の安全を確認して本件道路を西進横断すべき注意義務があるのに、これを怠り、左右の安全を十分に確認することなく本件道路を西進横断歩行した過失により、本件事故が発生したことが認められる。

第三損害

1  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第三号証の一ないし四、第六号証、乙第一号証の七、第三号証の一、二、第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、請求原因三1(一)(二)の事実が認められ、かつ後遺症として、左前額に三センチメートル×〇・五センチメートルの軽度光沢を有する挫創瘢痕を残し、頸部、肩、腕に神経症状を残す等の症状が固定(昭和五九年二月六日頃固定)したことが認められる。

2  治療関係費

(一)  治療費

原告は、本件事故による傷害治療のため、治療費として九一万七、二〇〇円を要したことは、当事者間に争いがない。

原告本人尋問により真正に成立したものと認められる甲第五号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五八年五月一一日より同年一二月二九日までの三八日間、福崎銀イオン治療研究所に通院し、合計一一万四、〇〇〇円の費用を要したことが認められるものの、右治療は、医師の指示にもとづくものではなく、また、肩腕症候群その他に対する治療であることも認められ、そうすると、福崎銀イオン治療研究所における治療は、本件事故と相当因果関係がないと認める。

(二)  入院雑費

原告が三八日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一、〇〇〇円の割合による合計三万八、〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

(三)  入院付添費

原告が入院中の三二日間職業付添人が付添看護し、その費用として二八万二、八〇〇円を要したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証の一、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証と経験則によれば、原告は前記入院期間のうち、職業付添人の付添看護した期間を除くを要し、その間一日三、五〇〇円の割合による合計二万一、〇〇〇円の、原告の長男の妻付添による損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

3  逸失利益

成立に争いのない甲第八号証、乙第三号証の二、原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故当時七六歳で、長男の嫁の家事手伝をし、また、月に一、二度あつた注文の裁縫をし、小遣い程度の収入を得ていたこと、ところが、家事手伝とはいつても、食事に関する買物及び食後の食器洗い等並びに衣類の洗濯は原告分を除き、長男の嫁がしており、原告は自己の身の廻りの家事のみを行つていたにすぎないこと、原告は、運送会社に勤務する長男龍太郎、印刷会社のパートをしている長男の嫁睦子及び孫四名と同居していたこと、原告は、裁縫をしたときに肩が凝り、タツミ医院で治療を受けていたが、昭和五七年一月二九日初診の際の診断では、原告に変形性頸椎症、骨粗鬆症、高血圧の傷病名がみられ、昭和五七年八月には右傷病に対する治療は一応中止となつていること、本件事故後、原告は、手先の握力が衰え、シビレ感があることから、裁縫の仕事が全くできず、また、身の廻りの家事すらできなくなつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右に認められる、原告方の家族構成、原告の家事労働の内容、原告の年齢、既往症、原告の裁縫による収入の不確実性を考慮すれば、原告に休業損害及び将来の逸失利益があつたものとするのは相当でなく、本件事故により原告の身の廻りの日常家事すら思うにまかせず、また、月に一、二度注文のあつた裁縫が不可能となつたことによる小遣銭程度の収入減は、これを原告の慰藉料算定事由とするのが相当である。

4  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、原告の年齢、親族関係、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は三〇〇万円とするのが相当であると認められる。

第四過失相殺

前記第二の二認定の事実によれば、本件事故の発生については原告にも左方の安全確認を怠つて本件道路を横断歩行した過失が認められるところ、前記認定の被告寿彦の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害のうち二割五分を減ずるのが相当と認められる。

第五原告の既往症

前記第三の3認定の如く、原告には遅くとも昭和五七年一月二九日には変形性頸椎症、骨粗鬆症、高血圧の傷病があつたことがみられ、昭和五七年八月には右傷病に対する治療が一応中止されたことが認められるものの、右傷病はいずれも退行性の傷病であつて、原告の事故当時の七六歳という年齢等を考慮すると治癒しない傷病であるものと推認されるところ、本件事故による原告の傷病は、前記第二の二認定の如く、全身打撲、頭部外傷Ⅱ型、顔面挫傷、外傷性頸椎症候群であつて、前掲乙第三号証の一、二、第五号証によると原告の治療が長期化した理由が外傷性頸椎症候群であることの認められる本件では、原告の右既往症が原告の損害を拡大させたものというべく、そうすると、損害の公平な分担という理念から、民法七二二条を類推適用して、原告の損害のうち、二割を控除するのが相当である。

そうすると、原告が被告らに請求しうる金員は、原告の体質的素因による損害を除いた三四〇万七、二〇〇円から過失相殺により二割五分を控除した二五五万五、四〇〇円となる。

第六損害の填補

請求原因四の事実は、当事者間に争いがない。また、被告ら主張二の事実も、当事者間に争いがない。

よつて原告の前記損害額から右填補分二一一万六、六八六円を差引くと、残損害額は四三万八、七一四円となる。

第七弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は五万円とするのが相当であると認められる。

第八結論

よつて被告らは各自、原告に対し、四八万八、七一四円、およびこれに対する本件不法行為の翌日である昭和五七年一〇月一五日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

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